PART.51 クザカ。そして私の過去を知る者。
儀式の部屋の中央に大量の血の池。そこからまるでこの世のものとは思えない、禍々しい姿の化け物が、ズズズっと低い音をたてながら這い出てくる。
オォォォォォォォォオオォォオオォオ・・・
そう・・・彼こそが悪神クザカ。腐敗の君主ともいわれ、その破壊力は神にも匹敵すると言われている。
しかしクザカは鎖に繋がれている。まだ完全復活はしていないようだ。だがシャドウナイトたちは儀式を続けようとしている。クザカの完全な復活のために。
「嗚呼、我が主よ。世の統治者よ!!顕現したまえ・・・!その御姿を!!!」
シャドウナイトたちの彼を賛美する声が部屋に響く。
オォォォォォォォォオオオォォオ!!!!!!
腕に繋がれた鎖を破壊するためクザカは暴れる。
「エルさん!!!!・・・・なっ!!!?」
マルタさんだ。しかし、彼女は目の前の光景に、ただただ立ちすくむ。
「そんな・・・嘘・・・」
「・・・まだ、諦めるにはまだはやい!!!!」
私は言った。勇気を振り立たせるように。マルタさんにではなく、自分に向かって。
シャドウナイトたちはクザカに力を与えようと魔力を彼に注いでいる。彼らを止めなければ・・・!!
儀式を執り行っているシャドウナイトたちの元へ向かおうとするが、目の前に武器を持ったシャドウナイト達が行く手を阻む。
「ベルモルン様の復活を邪魔しようとした愚かな冒険者。今度は貴様の思い通りにはさせない。我らが命に変えてでも、貴様を止め、クザカ様を復活させる。」
「邪魔だ!!!どけ!!!」
私は武器を振るう。一人ひとりの力は大したものではないが、こうも大勢に攻め寄せられると・・・。
「くそ・・・だめだ・・・!前に進めない・・・!!」
「キャァア!!」
後ろから聞こえるマルタさんの悲鳴。振り返ると、今にもマルタさんがシャドウナイトたちに囲われ、捕えられようとしている。
「マルタさん!!!」
「エルさん・・・!!!私はいいから・・・奴らを止めて・・・!!」
「・・・でも・・・!!」
たとえ、マルタさんを見殺しにしても、果たしてこの大量のシャドウナイト達の間を抜けて、奴らの儀式を邪魔できるだろうか・・・。そして、奴らの儀式を邪魔したところで、復活したクザカをどう止めればいいの・・・?
「貴様らの正義はここで潰える。この時より、この世を統べおさむるは、我が主、クザカ神であらせられる・・・!!」
「駄目だ・・・!!そんなことは、許されない!!!!」
儀式を行う者たちを守るシャドウナイト、彼らは皆私とマルタさんの近くで大きな壁となって儀式を邪魔させまいとしている。その壁は厚く、硬い。闇の力に頼っても、突破するのにどれほどの時間がかかるのか・・・。
その時だった。
部屋の反対側から、見慣れぬ・・・いや・・・どこかで見たような服装をした女が、トツ・・・・トツ・・・と足音を響かせてクザカのもとへ向かう。
杖を手に持ち白いローブに身を包む。頭髪も同様に輝く白色であるが、歳のせいではないだろう。そう思えたのは、彼女がとても若く、美しく見えたから。
「・・・は?」
儀式を行うシャドウナイトたちが、予想もしない者の登場に素っ頓狂な声を出す。
「誰だ・・・?」
シャドウナイトたちは顔を見合わせる。仲間か。敵か。いや、状況的に敵の可能性が高い、シャドウナイトたちはそう判断する。武器を持ったシャドウナイトたちは彼女の方へ向かう。
「あんたらの相手は私だ!!!」
予期せぬ事態に思考が乱されたか、無警戒に私に背中を向けるシャドウナイトたちを私は後ろから切り倒す。
女はこちらに一瞥もくれず、ただ目の前のクザカだけを見ていた。彼女は口を開く。
「古のものでさえ、運命の呪縛からは逃れられない。」
クザカは応える。
「お前は一体・・・!!」
彼女が魔法のようなものを発動させる。赤黒い球体に、クザカの力が吸収されているように見えた。
アァアァアアアァアアァアアア!!!!!
女が力の吸収を終えたのか、手を握りしめる。クザカの真上にある、遺物が動く。
ゴゴゴゴゴゴゴ・・・遺物はクザカを封じ込めるために動いている。私にはそう感じられた。当然遺物の真下にいるクザカも同じように考えただろう。
「・・・お前・・・よくもこんな・・・!!!!!」
怒りに震えるクザカ。何十年、何百年、どれほどこの時を待っていたのか分からない復活の時。それを名も知らぬ、何者かも分からぬ者に邪魔され、再び封じられる事があってよいだろうか。
クザカを生み出した血の池が、再びクザカを飲み込もうとしている。
ウォォォォォオォォオォオォォオ!!!!!
けたたましい叫び声が響く。クザカは暴れ狂うが、次第に身体は飲み込まれていく。
「お前の魂は私のものだ。闇の底へ消えるがいい・・・。」
女の声は妖艶で、つい聞き惚れてしまいそうだ。クザカは封印される直前、女を睨んだ。憎悪に燃えた瞳で、その姿をゆめゆめ忘れまいとする強い意志を感じさせた。
遺物がクザカを封じ込め。もはやクザカの怨恨に満ちた叫びの声は聞こえなくなっていた。
儀式を執り行っていたシャドウナイトたちは、今起きたことが一体なんなのか分からなかった。もうすでにクザカの姿はないのに、力を注ぐため上げていた腕をそのままに、ただ突っ立っていた。武器を持っていたシャドウナイトたちはその手から力を失い、カランカランと床に落ちた金属の音が部屋中に響いた。
マルタを捕らえようとしていたシャドウナイトたちもその光景に唖然としていた。私はマルタの周りにいるシャドウナイト達を倒し、彼女の安全を確保した。
しかし・・・私も聞きたいことがある。山程だ。
「あなたは・・・」
女は背を向けながら、顔だけ少しこちらに向けて口を開く。
「また会ったな。」
また・・・?どこで・・・?
「覚えているか?」
彼女のことを覚えているかいないかと言われれば、覚えていないと言うしかない。しかし、その姿には見覚えがある。冒険の始め、ただの夢だと思っていたあの光景の中に、こんな姿の女がいた。
あれは夢じゃない・・・?私の記憶・・・?
「・・・だれ・・・」
私は問うた。色々と言いたいことがある。しかし最優先で聞かなければならないことはそれだ。私は彼女の存在を知りたかった。彼女の存在が、私の記憶と結びつく確信があったから。
「何も思い出せないのなら・・・それでもいいだろう」
「・・・だめ・・・!よくない・・・!!私は誰!!あなたは誰!!!!!」
私は必死だった。この冒険で初めて、闇の精霊以外で私の過去を知る者。私はその鍵を手放したくなかった。
しかし彼女はフッと鼻で笑い、私の期待していたものではない言葉を続けた。
「記憶が戻ったら、私を探しに来い。待っている。」
彼女は黒い闇の渦の中に入っていき、そして姿を消した。
・・・
「エル・・・さん」
マルタさんが私を気遣ってくれている。マルタさんだってそんな余裕がないはずなのに。
しかしここにはまだシャドウナイトたちが大勢いる。まだ彼らは何が起きたのか分からず呆然としているが、いつクザカの復活を阻止されたことへの怒りを爆発させ、私達に襲いかかってくるかわからない。色々と言いたいこともあるけど、今はここを抜けるのが一番重要だろう。
「行こう」
マルタさんの手を引く。寺院の入口までただひたすらに走る。
もう少しで掴めそうだった記憶の欠片。しかしそれは私からまた遠く離れて行ってしまった。
悔しさに目を潤ませた。マルタさんに見せまいと私はただ前を向いて走った。
走る風を受けても、目は乾いてくれなかった。
続く(*‘ω‘ *)